【実に恐ろしきは5】



 春哉の一方的な怒号が飛ぶ中、数馬の後ろのふすまが遠慮がちに開いた。白い足をさし入れて現れたのは一人の陰間だった。微笑をたたえたまま、数馬の横に座り込む。
「春哉さんは相変わらず厳しいですねェ」
 薄紅の衣装を身にまとい、長い髪を高く結い上げてかんざしを挿した姿。典型的な陰間である。
 柔らかい雰囲気は普段の春哉に似ている。しかし薄く化粧を施しているものの見栄えはパッとしない。
 きつい印象を受ける切れ長の一重に、口元の黒子。顔が平凡だからだろうか?春哉と比べればいささか見劣りする陰間であった。
「君は……?」
「申し遅れました。私はここの陰間で華苑(かえん)と申します。さぞ驚かれたのでは?春哉さんは芸事のことになると人が変わったようになるものですから。私が教えを乞うたときもこんな感じだったんですよ」
 華苑はくすりと笑うと、数馬の顔を覗きこんだ。

「あなたはあの時の方ですね……春哉さんを身請けした」
「真木数馬だ。あの時のことを知っているということは、ここはもうそれなりに長いのか?」
「七年程でしょうかね。ここは入れ替わりが激しいですから、七年もいれば古株になってしまうんですよ」
 華苑は目の前で舞を教授する春哉に視線を向けた。懐かしがるような様子が見て取れる。
「春哉さんもね、陰間になりたての頃にああやって芸事を仕込まれたんだそうですよ。どんな師に就かれたかは存じませんが、毎日身体に痣を作って、泣きじゃくっていたそうです。一度でいいからそんなステキな姿を見てみたいモンですよねェ」
「恐ろしい師匠だな。体罰もいとわないのか」
「らしいですよ。でも花形としての春哉さんがあったのはその方のおかげですから。今の春哉さんだって夢丸憎しと思ってやっているわけじゃないですし。きっと花形になってもらいたいという一心なんでしょうねェ」
 華苑がふふっと笑うと数馬の緊張も解けた。それと同時にこの華苑の魅力はこういうところにあることを知った。構えずに話すことができる雰囲気を保ち、それでいて人の心の機微を的確に捉えられる。陰間は顔だけじゃないのだなと、今更ながら気付かされた数馬である。

「春哉とはダチだったのか?」
「友人……みたいなもんでしょうか。茶飲み仲間というか、芸事の師弟というか、陰間の先輩後輩というか……うーん……よくわかりませんねェ」
「そりゃ立派なダチだよ」
 二人が春哉の話題をあげているが、当の本人は夢丸相手に相変わらずスパルタ式の指導を行っていた。その表情は真剣で、他人の入る余地などなかった。
「でもちょっと安心したよ。あいつにもあんたみたいなダチがいて」
「あんな様子見せられたんじゃ、春哉さんが孤立してたと感じたんじゃありません?たしかに周囲には人が少なかったですが、それは春哉さんが別の世界の人みたいに見られていたからで決して嫌われていたわけじゃありませんよ。……もっとも、私はそれも問題だって思ったんですけど」
「どちらにしろ、一人でいることに変わりないからか?」
「そのとおり。だから春哉さんは何でも一人で考えて、解決しようとしていましたよ。……あなたのことだって」
「俺のこと?」
「ええ。私が無理やり聞き出したんですが、“客に本気になってしまったらどうする?”って聞かれちゃいました」
「……///」
「照れてますね」
「るせェよ」


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